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東京地方裁判所 昭和44年(ワ)1142号 判決 1971年2月18日

原告

金園こと

金成旭

代理人

松村正康

被告

川島良二郎

被告

柿沼高二郎

主文

(1)  被告川島良二郎は原告に対し金四九万八、八九八円および内金四四万八、八九八円に対する昭和四四年四月一三日より支払済迄年五分の割合による金員を支払うべし。

(2)  原告の被告川島良二郎に対するその余の請求および被告柿沼高二郎に対する請求をいずれも棄却する。

(3)  訴訟費用のうち、原告と被告川島良二郎の間に生じたものは、これを四分し、その三を原告の負担、その余を被告川島良二郎の負担とし、原告と被告柿沼高二郎との間に生じたものは、原告の負担とする。

(4)  この判決第一項は仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

(一)  原告主張請求の原因第一項(一)乃至(四)は、被告柿沼においては争わず、被告川島との間においても、甲第一号証(被告川島はその成立につき争わない)、証人柿沼克次の証言、原告法定代理人親権者父金宗勲(以下原告法定代理人という)本人尋問の結果、被告川島本人尋問の結果を綜合すれば、右事実は明らかに認められ、右認定に反する証拠はない。

(二)  そこで本件事故態様と受傷および治療状況について検討する。

<証拠>によると、次のような事実を認めることができる。

訴外柿沼克次は加害車を運転し、両側に家屋の連なる、幅員約2.5米の道路を時速四〇粁を下らない速度で進行して来て、本件事故現場付近に至つたのであるが、その時、右事故現場付近において、加害車の進行する道路と交叉する形となる幅員一米前後の通行路より、原告が、遊戯中投石のもつれから、他者に追われて、道路の安全を確かめることなく、加害車の前方に走り出してきたことを認め、急ぎ、停車の措置をとつたが及ばず、加害者の左前照灯付近を原告に接触させ、原告に頭部外傷、胸腹部挫傷、頭蓋骨骨折の傷害を与えた。原告は右傷害の治療のための田端中央病院に昭和四一年四月三〇日より同年六月一一日迄四三日間入院したほか、同病院に前同月一二日より同年九月二二日迄の間に九〇回に亘り通院し、さらに東京大学付属病院にも通院治療に赴き、その結果、事故当初レントゲン線により明らかに認められた頭蓋骨骨折は治癒し、昭和四三年一二月には存した外傷性痙攣発作の症状も、本件口頭弁論終結時には、時偶短時間の頭痛がおきるほか、さしたる障害もなく、現に他の児童とかわりなく小学校生活を送れるに至つている。

以上のような事実を認めることができ、右認定に一見反するかにみえる甲第三号証の記載内容の一部も、詳細に検討すると、昭和四三年一二月頃には痙攣発作のあること、それがその時点では確実に治癒するとは断定できなかつたことを示すにとどまり、右発作が永続あるいは稼働可能期間に至つても存続する旨を示すものではないので、右認定になんら反するものではなく、そのほか、右認定を覆えすに足りる証拠はない。

右認定事実によると、本件事故の発生には、原告の狭小な通行路よりの道路交通状況の安全を確認しないままの道路への走り出しが原因となつていることも肯定できるが、他方、約2.5米の家屋が両側に連なる道路を車で進行する者には、前方注視と危険避譲可能速度による進行が求められるところ、訴外克次の前認定速度では、これが遵守に欠けるところがあつたものとみるべきであるから、本件事故発生に運転者たる訴外克次の過失も原因となつていること明らかである。

(三)  よつて被告らの責任の有無につき検討を加える。

(1)  被告川島

本件加害車が被告川島の所有に属することは、原告と被告川島間に争いなく、<証拠>に弁論の全趣旨をあわせると、訴外克次は、義兄に当る被告川島より、従前より再々、本件加害車を借用し、運転してきたことがあり、その場合、おおむね予め、被告川島の承諾をえていたのであるが、時には当然承諾あるものとして、予め断わることをしないまま運転したこともあつたこと。本件事故の際は、被告川島が加害車を運転し、自宅より被告柿沼方に赴き、加害車を被告柿沼方に駐車させ暫時外出している間に、訴外克次が、遊びに利用する意図で、実姉に当る被告川島の妻の承諾をえたのみで右加害車を運転していたものであつたことが認められ、右認定に反するかの如くみえる甲第四号証の記載内容の一部も被告川島本人尋問の結果と綜合すると、右認定に反する趣旨のものとはいえないし、その他右認定を左右するに足りる証拠はないところ、右認定事実とくに被告川島と訴外克次の姻族関係より生じた加害車の利用状況等よりすると、被告川島は、本件事故時なお加害車の運行利益と支配を有していたものであり、なんら免責要件を主張立証せず、かえつて、前記のとおり訴外克次に過失の存したことが明らかな本訴においては、運行供用者として原告に対し損害賠償責任を負わなくてはならない、ことが明らかに肯定できる。

(1)  被告柿沼

被告川島が加害車の所有者であることは、被告柿沼も争わないところであるが、その余の被告柿沼が運行供用者あるいは使用者に当る旨の原告の主張については、同被告においてこれを争うので、この点について検討するに、<証拠>に弁論の全趣旨をあわせると、被告柿沼は自転車の修理販売業を営んでいた者で、訴外克次も本件事故当時週に二日程度はこれを手伝うことがあり、その際、自動車を使い商品の運搬に当ることもあつたが、そのため利用する車は運搬という作業内容上普通乗用車たる本件加害車ではなく、被告柿沼所有の軽四輪貨物自動車または第三者より借受けた貨物車であつたこと。被告柿沼がその業務のため本件加害車を借受けたことはなく、訴外克次が自己の遊興のため利用していたことがあるだけであり、本件事故も既に認定のとおり、まさにかかる際に発生したこと。が認められ、右認定に反する原告法定代理人本人尋問の結果の一部は、前掲証拠と対比するとき、真実を正確に反映しているものとみることはできないし、前掲甲第四号証も右認定に反するものではないところ、右認定に従うと、被告柿沼は加害車を、業務を含めいかなる目的であれ、自己のため利用運行し、あるいはさせることはまつたくなく、訴外克次が、被告柿沼の業務とは関係なく、自己の遊興のため右加害車を運転することがあつただけにとどまることになり、従って被告柿沼は加害車につき、その運行利益と支配を有することなく、また訴外克次が被告柿沼の下で運転業務をもなしていたとはいっても、それは本件加害車による運転ではなく、本件加害車による運転は被告柿沼の支配領域からまつたく外れているものである故に、本件事故をもって、被告柿沼の業務執行につき生じたものとなすことをえず、結局被告柿沼を運行供用者あるいは使用者としての責任を負う者とする原告の主張は理由なく、これを前提とする原告の被告柿沼に対する請求は、その余の点について検討する迄もなく失当として棄却すべきものである。

(四)  すすんで損害について判断する。

(1)  付添看護費

原告の入院に際し病院側で付添婦をつけ、その費用は既に支払われていることは原告においても認めるところ、<証拠>により認められる昭和三七年五月二六日生という原告の年令を考慮しても、付添婦のほかさらに母親の付添看護が全日乃至半日に亘り必要であつたことを首肯することはできず、他に右付添を必要且相当と認めうるに足りる証拠はない。従って、その額について検討する迄もなく、原告の右賠償請求は認められない。

(2)  治療費残額金一万一、九六〇円

<証拠>に弁論の全趣旨をあわせると、原告主張のとおりと認められ、右金員は、本件事故により原告の蒙つた相当の損害といえる。

(3)  交通費 金二、一八〇円

<証拠>によると、原告の入通院した病院のうち田端中央病院は、原告方よりさして遠くない処に所在すること、また東大病院には少なくとも二回は通院していることが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。そうすると、いかに近接とはいえ、退院直後の原告が、なんの助けもかりず、自宅より病院迄の場所的移動をなしえたとは考えられず、前認定九〇回の通院のうち、退院後二〇回は一回当り金一〇〇円相当の負担を要し、病院迄赴いたものとし、これを自宅より病院迄の場所的移動に赴なう費用即ち交通費として原告の損害とするのが相当であるし、また前掲証拠によれば、少なくとも右費用として金二、〇〇〇円の出費がなされていることも認めうるところであり、これと顕著な事実たる都内尾久より東大病院迄の公共交通機関による二回分の交通費金一八〇円の合算額金二、一八〇円をもって原告の蒙つた相当の損害とみうる。

(4)  逸失利益

既に(二)で認定のとおり、原告は、小学校生活を常の児童とかわりなく送れるように回復しており、本件事故による受傷のため、稼働可能となる年令に達しても、労働能力が低下することがあるとは認められず、従って、これを原因とする逸失利益の損害を認めることはできない。もつとも前記のとおり、昭和四三年一二月に後遺症の存在を診断されたことによる将来の労働能力低下に対する不安感の現存することは否定できず、これを本件事故による損害ではないとすることはできないけれども、右は慰藉料評定事由とみるのが相当である。

(五)  以上認定に従うと、原告が本件事故により蒙つた、財産的損害は金一万四、一四〇円となるところ、本件事故については既に(二)で認定したとおり、原告の行為が発生に寄与しているわけであるが、前認定の事故時満三才一一月の原告に事理弁識能力を前提とする過失を肯定することはできないけれども、右認定原告の行為は、他から物理的な強制力をもって、原告を道具として現象させたものではなく、原告がその感得した外界現象に反応して、まさに原告自身の行動として行なったものであり、原告に損害を与えることとなつた加害者側の支配領域の範囲外に完全にあるものであって、原告の右行動によって生じた損害分は、原告の社会的経済的単一生活体の内にある側で負担するとするのが、過失相殺制度の根底にある衡平則に合致するところと考えられ、従って過失相殺において問題とする過失は、既に文理にとらわれず、不法行為者側の過失の概念内容と異なるものが広くとらえられてきているのであるから、これを一歩進め、損害発生の原因たる人間行動として端的にとらえるべきであると解される(東京地判昭和四四年一〇月二二日判決交通民集二巻五号一四八四頁等参照)ところ、原告の前認定の過失に鑑みると、被告川島は、自らは過失相殺の抗弁を主張しないが、原告に過失が認められる以上、これを斟酌すべきことは広く容認されるところであるので、原告に対し、右損害額の七〇%に当る金九、八九八円を賠償すべきものとするのが相当である。

(六)  次に慰藉料につき検討するに、前認定事故態様と当事者双方の過失、治療状況、後遺症状に関する不安感その他諸般の事情を綜合勘案すると、本件事故により原告の蒙つた精神的損害は金九五万円をもって慰藉するのが相当である。

(七)  ところで、本件事故については、自賠責保険金六三万円の支払がなされていることは、原告被告川島間に争いのないところ、原告の入院治療費と付添看護費については、右当事者間に争いのない額たる金一七万円をなお越える旨を認めるに足りる証拠はなく、よって保険金六三万円より金一七万円の七〇%に当る金一一万九、〇〇〇円を控除した金五一万一、〇〇〇円が、本訴請求損害金を填補していることになるわけである。

(八)  従って原告は被告川島に対し金四四万八、八九八円の賠償を請求しうるところ、弁論の全趣旨によると、被告川島はその任意の弁済に応じないので、原告は弁護士たる原告訴訟代理人に取立を委任し、所定の着手金と報酬を支払う旨約したことが認められる。しかし本件全証拠によるも右着手金・報酬支払の事実あるいは支払時期についてはこれを認めるに足るものはないうえ、訴訟の相手方に負担させうる弁護士費用は、原告の賠償請求権の確定と満足のため必要な訴訟追行費用で、被告との間では訴訟費用と本来的に異なるものではなく、それ故に、判決言渡などにより、被告に負担させるべき性質の遅延損害金までが発生するものと解すべきでなく、また、判決言渡の段階でその必要性につき明確な主張のなされていない本件で将来給付の訴訟となる相手方負担相当の遅延損害金請求を認容することはできないものと解せられるので、結局本訴では、その認容額、訴訟の経緯等に照らし、弁護士費用として金五万円を相当と認め、その遅延損害金の請求は容れないこととする。

(九)  以上のとおりであるから、原告の、被告柿沼に対する本訴請求は理由なく失当として棄却し、被告川島に対する本訴請求は、金四九万八、八九八円およびこれより弁護士費用を控除した金四四万八、八九八円に対する本件事故発生より後の日で、かつ、本件記録により右被告に訴状が送達された翌日であること明らかな昭和四四年四月一三日以後支払済迄年五分の割合による民法所定遅延損害金の支払を求める限度で理由があるので、右限度で認容し、その余は理由なく失当として棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九二条、仮執行の宣言について同法一九六条を各適用したうえ、主文のとおり判決する。

(谷川克)

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